< ついに太陽をとらえた >



〜 原爆から水爆へ・・・壮大極まる思いつき実現 〜




原子力は人間を幸福にするか



 人間の野心は際限もない。野心は夢である。夢のような話である。しかし人間はついに最大の野心を現実に自分のものとした。

 われわれのすべての根源、すべての母である太陽を仰いで長く持続けて来た素朴な、それでいて一番大きな疑問は『よくもまあ、あの輝きが減らない事だ』ということではなかろうか。今日確かめられているところでは生まれてすでに百億年も経っているのに、なお太陽は青年の如く、かくかくとして輝き続けている。望遠鏡で見ると表面にた立ち上る炎は5万マイルの高さにおよぶ。太陽は地球の109,1倍の直径をもつ火の玉だが、あれだけ燃え続けているのがもしかりに石炭や石油だったら、5万年で燃え尽きるはずである。では一体何が燃えているのだろう。あの永遠の生命の謎・・・。


 1915年(大正4年)シカゴ大学化学教授ウィリアム・ハーキンズは太陽を仰いでこう言った。『たぶん太陽の熱は、水素をヘリウムに変換することから生じているのだろう。こころみに1ポンドの水素をヘリウムに変えたら、2000万トンの石炭を燃やすと同じ熱が出るはずだ』と。

 この世界のすべてのものは一番軽い水素から、一番重い92番のウラニウムまでの元素(いまは人造もいれて99番まである)によって種々に組立てられていることはしばしば書いた。しかもこれらの元素の賦存量をグラフにすると、ジグザグではあるが軽いものの方が多くて重いものの方が少ないというカーブを描いている。したがって太陽の永遠の若さはその一番沢山あるものを燃やしているためかも知れない。

 ハーキンズの予言に続いて1939年、イギリスのコックロフトとウォールトンは原子番号3のリチウムに水素核(陽子)をあてることによって2個のヘリウム(原子番号2)を作る実験に成功した。といっても一般の人にはピンと来ないが、突きあてたその陽子の精力を1とすると、飛び出した2個のヘリウムはその160倍の精力をもっていた。つまりこの原子核の転換に依って、物凄いエネルギーの出たことを証明した訳だ。言い換えれば太陽の力の謎の一つを解いた事だ。


 『原子力』というその言葉は当時すでに新聞に出た。それ以後世界の科学者は血眼になって原子力を研究した。リチウムをヘリウムにすることによって出るエネルギーはなるほど大きいが、一つ一つ換えて行くのでは、湿った木にマッチで火をつけるのと似ていくらマッチを擦ってもきりがない。しかし原子核を変換させればよいという方法は解ったのだ。そこでいろいろの元素をためしているうちに、すべての燃料に共通した性質、つまり火(この場合は中性子)をつけると、あとは自動的に燃えてくれるという、まことに都合のいいウラニウムの原子力が見つけ出された。皮肉なことに太陽は元素の序列の一番はじめの水素でそれをやっているのに、人間は一番おしまいのウラニウムを燃やしたのである。第一歩として・・・。『燃やす』ということは核反応のことだ。


 原子爆弾という形においてウラニウムを燃やして見たところ、ものすごい熱が出た。鉄は溶けたのではなく蒸発した。大地は煮えくりかえった。たぶん5千万度ないし1億度ぐらいの熱であったろう。いままでの燃料では絶対に出なかった熱、それは太陽表面の倍以上の熱である。この高熱を見て一番目を輝かしたのは太陽の研究者アメリカ、コーネル大学のハンス・ベーテ教授である。『太陽の熱が出た、ということは太陽のやっている事、つまり水素をすら燃やすことが出来るのではないか。人間はついに太陽をとらえたのだ!』

 太陽の熱の利用するのではなくて人間が太陽を作り得たのだ。この壮大な思いつきから水素爆弾が生まれた。原爆は太陽の力であり、そして水爆は太陽の仕事なのである。


 水爆といま問題になっているリチウム爆弾の原理は、もはや簡単である。一言に言えば原爆のまわりに重水素やリチウムをおいておくと原爆の爆発で出た高熱によって重水素やリチウムの原子核が変換し(熱原子核反応という所以)より一層すごいエネルギー(原爆の一千倍といわれる)を出すという。それだけのことなのだ。

 ただ技術はちょっと難しく、作った国では秘密にしているが、算出できないわけでもない。たぶん水爆は原爆のまわりに重水素をトンの量と三重水素をポンドの量の割合で液体にしておいておく。水素は気体だが、気体は1立方センチの原子の数が1の後にゼロを18つけた数しかないから圧縮して液体にすると、1の後にゼロを23つけただけ数が多くなるためだ。しかし液体水素は零下273度(絶対零度)に近くしておかないと保たないから、冷凍装置がいる。アメリカが1952年12月1日エニウェトク環礁でやった水爆実験は、この冷凍装置がおそらく一つの工場ぐらいの大きさになったから爆弾という概念のものでなく、だから当時の発表も水爆とは言わず水素の熱原子核反応実験に成功したと言ったのだ。いままではいわゆる爆弾の大きさのものが出来ていると発表した。もしそれが日比谷の交差点に落ちたら原爆の場合なら、日本橋、高輪を含めた範囲が一物も残さぬ完全破壊地域となるが、水爆の場合なら、東京全体が完全破壊地域になるだろう。あの実験で、エニウェトク環礁の一つの島はほとんど消え去ったと言われているのである。なぜかくも強大なエネルギーとなるか、もう少しいきさつを考えてみよう。

 まず原爆の爆発で出る5千万度以上の高熱は約100万分の1秒つづくだろう。この時間に三重水素核と重水素核がパッとくっついてヘリウムと中性子1個を出す。三重水素核というのは陽子1、中性子2。重水素核は各1、ヘリウムは各2から出来ているから、重水素たちがくっついてヘリウム核になった場合、中性子が1個余るというわけである。この核変換によって生ずるエネルギーの総量は膨大なもので熱は10億度ぐらいになるだろう。そうするとこんどはその熱のために余分に入れてある重水素核同士がパッとくっついてヘリウム3と中性子、または三重水素核と水素となり、もう一度エネルギーを出すという段取りである。原爆で1回、重水素同士で1回と、つまり3種の核変換が重なるから、ひどく大きなエネルギーとなるわけなのだ。

 ただ三重水素を作るのはリチウムを原子炉に入れ、中性子をあて、三重水素とヘリウムになったものを、とり出すのだから、プルトニウムを作ると同じに高価につき、またプルトニウムの製造をやめねばならぬから、水爆のために原爆の製造を犠牲にしなければならないことになるし、また三重水素は放射能を持ち、12年半で半減してヘリウム3に変わってしまうから貯蔵がきかない欠点がある。

 だから次にもっと安上がりでやれるリチウム爆弾というのが考えつかれたわけで、これはリチウム(やわらかい金属)を水素の中で燃やし化合物の水素化リチウム(固体)にして原爆のまわりにおいておく。化合物は原子核のまわりを回っている電子が手をつないでいるだけで核同士はくっついていない。いわば電子のおかげで核同士はへだてられているわけだが、これに高熱をかけると軽い電子は飛び、核はすごい速さで走り出し、お互いの電気的反発力にうち勝ち、パッとくっつく、リチウム7の核と水素核がくっつくということは、ちょうどあのコックロフトとウォールトンの実験そのままの結果となって、ものすごいエネルギーが放出されるというわけだ。あるいはリチウム6と重水素の化合物に原爆、という仕掛けかもしれない。その時の熱核反応はいろいろあり得るが、原爆から放出される高速中性子がリチウム核に入って三重水素ができて水爆式にゆくか、原爆の高熱で重水素核とリチウム6の核がくっつくか。このときは重水素核の中性子だけリチウム6に入って陽子は分かれてしまい結局はじめの場合と同じになるか。またはリチウム6と重水素で2つのヘリウム4つの核(つまりアルファ粒子)ができるかもしれない。もっとも、このリチウム爆弾はデータがそろわず日本での計算でははっきり言えないが、ソ連が水爆より安い爆弾があると言ったこと、スターリン賞を天文学者や岩石学者が沢山もらったこと、アメリカでリチウムの輸出を禁止したこと、三重水素の製造を減じたこと、そしてコックロフト、ウォールトンが一昨年、思い出したようにノーベル賞をもらったことで、すでに完成したという人もある。それはともかく人間はついに太陽をとらえた。しかし人間を破壊させるための道具として太陽をとらえている。



【水爆の熱核反応】


@ 原爆のとなりに三重水素を少量と重水素を大量に混合(液化)しておいて置く。


A 原爆が爆発、その5千万度か億度の熱で三重水素が走り出す。


B 三重水素と重水素が衝突してひどく不安定となり


C ヘリウム4と中性子に分かれ、そのとき10億度の熱が出ていままではじっとしていた重水素が走り出す。


D 重水素同志が衝突すると、これもひどく不安定となり


E それがヘリウム3と中性子、または三重水素三重水素と水素とに分かれ、このとき実に500億度の高熱を出す。つまり原子核反応が三度重なりものすごいエネルギーを出すわけだが、この所要時間は、100万分の一秒ぐらいである。





< コバルト爆弾の恐怖 >


 死の灰と原子マグロの事件で、われわれは放射能の恐ろしさが身にしみたが、そもそも放射能などは天然にはごく微量しか産出しないものである。この地球の居住条件をすっかり変えてしまう程多量の放射能をまきちらす、悪魔の武器ともいうべきものがコバルト爆弾である。その仕掛けはごく簡単で、原爆または水爆の容器として金属コバルトをつかう。原子爆弾によって生まれる大量の中性子がコバルト(天然のものは59)を放射性コバルト60にかえる。この放射能は、人間の皮膚や肺につくと貫通力の強いガンマ線を長年出し続ける。(半減期5,26年)。

 これらは原爆から水爆、さらにリチウム爆弾となってくるにつれて、中性子の数が増すので、それだけ大量のコバルト60ができる。ことにリチウム爆弾では数トンのリチウムでも容易にできるわけだから、その中性子も多い。ジーラルド博士によると、50トンの中性子があれば、これからできるコバルト60が2,3年地球表面をおおってたえず地上に放射能をまきちらすとすると、人類は全滅するであろうといっている。

 なおコバルトだけでなく鉄とかニッケルとかクロームなどの金属でも同じような惨禍をもたらすわけ。これは死の灰、死の砂などと同様、放射能戦争の有力な武器、とくに核分裂の破片(死の灰)より量的に制限がないだけその威力もはるかにおそろしい。

 これからの戦争は、こういう武器をロケットにつけて誘導弾として、飛ばすことになるだろう。そうなると、相手の10倍の原爆を持っていても、只一発の報復をうけても全滅する恐れがあり、恐ろしくて資本主義も共産主義もあるまい、戦争ということは人類の自殺行為に外ならないといわれている。



(中村誠太郎)





 19世紀末に放射能が発見されて以来、今日までの60年足らずの間に、原子物理学は急激かつ異常な進歩をとげた。しかも、それはわれわれの住んでいるこの自然的世界についての最も基礎的な知識をわれわれに提供してくれただけではなかった。今後の人間の生活がどのようになってゆくかという問題を考える上にも、全く新しい、そして場合によっては決定的な意味を持つかもしれない要素として介入してくることになった。

 原子力の明暗の両面はどちらも極めて重大で、これに関する一応の常識は科学者以外の一般の人々にも、なくてはすませるものではなくなってきた。特に色々な放射線が人間の身体にどのような影響を及ぼすであろうかという問題の如きは、今後われわれが日常生活を安心して続けてゆくだけにでも、無視することのできない身近な問題となりつつある。

 これ等の問題は難しく考えれば、いくらでも難しくなる。問題は多岐にわたっており、各々の問題が相当複雑で専門の科学者に取ってもすべてを知ることは極めて困難である。しかし、幸いにして一通りのことを大雑把につかむことは、科学者でない一般の人にもできることである。まず、必要なことは、こういう問題に対して相当な興味を持つことである。

 この書物は色々な面白いエピソードをつなぎとして、読者がそれにひきずられて読んでゆく間に、一応の常識を知らず知らず得られるように書かれてある。それ等のエピソードがどこまで正しいか私は知らない。しかし、科学的な知識に関する部分は、原子物理学者の中村誠太郎君が校閲しているのであるから信頼できるだろうと思う。



(昭和29年4月3日 湯川秀樹)