< 盤珪語録 >




生れ来りしいにしへ問へば、何にも思はぬこの心


来る如くに心を持てば、すぐにこの身がみな仏


不生不滅の此心なれば、地水火風は仮の宿


仮の火宅に心をとめて、我と燃やして身をこがす


過去も未来も只今ばかり、心とめよより只歌うたへ


心とめずは浮世もあらじ、何もないこそ活如来


恋しゆかしも只今ばかり、あはぬ昔しがある故に


昔おもへば夕べの夢よ、とかく思へば皆うそじゃ


夢と思へば浮世の中に、うきもつらきもなきものを


因果歴然我なす事を 知りて迷ふは身のひいき


有為の転変身にならはして、それに迷はば己が損よ


有為の転変わが為す事を 知らで迷うて身のひいき


うその世界をまことのように 化(ばか)しばかさる化物ぢや


いつか五欲を身にならはして それに習うて日をくらす


人に教えはもとないものじゃ 是非を争ふ我身なり


仏道修行つとめし後は、何も変わりは得ぬものぞ


迷ひ悟りはもとないものじゃ 親も教えぬならひもの


後世のつとめもこの頃いやと 出入の息のあり次第


無為の心はもとより不生、無為がなき故迷ひなし


をしやほしやと思わぬ故に、いはば世界が皆我ものじゃ


奇妙不思議は一つもないぞ、しらにや世界が皆ふしぎ


かねを持たりや貧者がいやし、もたぬむかしを忘れたか


後世を願ふとひいきを願ふ、いとど我まんにそつかけて


悪を嫌ふを善じゃとおもふ、嫌ふ心が悪じゃもの


としはよれども心はよらじ いつも変わらぬこの心


嬉し芽出度や老せぬ君に 尋あふたりや我ひとり


我と造れる心の鬼が 責めて苦しむ身のとがを


やすく養ふ浄土は爰よ 五萬五萬の奥もなし


さとる心を我じゃと思へ、念と念とで相撲とる


さとるさとるとこの頃せねば、朝のねざめも気が軽い


よきもあしきも一つにまるめ、紙につつんで捨ておけ


死んで、世界によるひるくらせ、それで世界が手に入るぞ


とかく浮世はもとないものじゃ、心とみよよ唯うたへ


仏さまこそおいとしゅうござる、そとの飾りにまばゆかろ


内の仏にゃ、そりゃまだはやい、門の仁王にまづなりやれ


われと浄土をたづねて見たら、けつく仏にきらわれた


鬼の心であつめた金を 餓鬼にとられて、目がまうた


地獄嫌の、極楽すきで、らくな世界に苦をうけた


金がほしさに命を捨てて、捨てて見たれば、金いらず


冬の頃しも悦ぶ焚火、夏のくるほどあらいやや


夏の頃しも乏しき風も 秋の果てぬに早やにくむ


人にかたきもと無きものじゃ、是非を争ふ我が成る





色香をも知らぬ昔は、み吉野の花も仇にや春をへぬらむ


見渡せば、霞がくれに、うすくこく、うつる家島の春のあけぼの


悟りては悟路を行く、迷ては悟と云ふも迷なりけり


かかりくる難波の事にふるるとも、ふるるままなる、蓮葉の露


船人の住みてはかなや山里に、のり得しことを、人の知らねば


差向ふ心は清き水鏡、よしあしうつる、影はとめじ


耳に見つ目にきくときは、何事も、誠の法の旨にかなはむ


善もいや悪もいやいや、いやもいや、事事物物は時のなりあひ


みな人の悟と思ふさとりこそ、絵にかく餅をかきや争ふ


我はただ虚空を家と住みなして、須彌を枕に独り寝の春


古桶の底ぬけはてて、三界に一円相に輪があらばこそ


世にありて、世と遠ければ、世のなかの人に見られで、独り住むかな


仁保の海や、空も一つに映り来て、浪より出づる月を見るかな


無地に来て無地に帰る故郷へ、これぞまことの法のありさま


我にある活ける祖師をばすておきて 外に求むる紙の達磨を


榧のみか、諸仏菩薩も天も地も、ただ一口にのみも足らぬぞ


的的の妙なる旨をしらぬるは、のりや御法の名のみ争ふ


的的の、ただなる旨を知らざれば、ただ空寂のあなに陥る


さしむかふ心ぞ清き水鏡、色つきもせず、あかづきもせず