< ミミズと土 >


〜 ダーウィン 〜



 ミミズは、最初にはほとんどの人々が考えるよりも、世界の歴史において、より重要な役割を果たしてきている。ほとんどすべての湿潤な地域に、ミミズは驚くほどたくさん生息しており、そのからだの大きさのわりに、大きな筋肉力を持っている。イングランドの多くの地域では、それぞれ1エーカーの地表につき、乾重10トン(10,616キログラム)以上の重さの土が、年々ミミズのからだを通過し、運びだされている。それ故、肥沃土の全表層は数年ごとに、ミミズのからだを通ることになる。古いトンネルの崩壊によって、肥沃土はゆっくりとではあるがたえず動いており、これを構成している粒子はお互いにこすれ合される。この方法によって、新しくできた表面は、土の中の炭酸および岩石の崩壊に対し、より有効と思われる腐植酸の作用にたえまなくさらされることになる。ミミズが食べるたくさんの腐りかけの葉の消化の過程で、腐植酸の生成は多分、さらに促進される。そのため、表面の肥沃土を形成している土の粒子は、分解と崩壊をより受けやすい状態におかれるのである。さらに、やわらかい岩石の粒子は、小さな石がひき臼の石の役割をしているミミズの筋肉質の砂のうの中で、かなりの程度の機械的なするつぶしを受けるのである。

 細かく砕けた糞塊(糞のかたまり)が湿った状態で地表に運ばれたとき、雨が降る間に傾斜面を流れおち、より細かい粒子は、よりゆるやかな傾斜でもより遠くへ洗い流される。乾燥しているときは、糞塊はしばしば小さな粒に砕け、これらは斜面を転がりやすくなる。土地が全く水平で、牧草で覆われているところ、気候が湿潤で少しのダストしか吹きとばされないところでは、かなりの量の地表の浸食があるとは、一見したところではほとんど考えられない。しかし、ミミズの糞塊は、とくに湿ってねばり気のあるときは、雨を伴った卓越風によって、ある特定の方向へ吹きとばされる。これらいくつかの手段によって、表面の肥沃土はいろいろな形で、その下にある岩や岩石の破片の破壊を妨げる。

 前記の方法によってミミズの糞塊が運び去られることは、重要な結果をまねく。いたるところで、厚さ0,2インチの土の層が年々、地表に持ちあげられることが明らかになっている。そして、もしこの量の一部が、いろいろな斜面をわずかの距離であっても、流れたり、転げ落ちたり、あるいは、一方向に繰りかえし吹きとばされたりするのなら、長い時間の経過の中で大きな影響が生ずるであろうということは、すでに述べた。測定と計算で、平均9度26分の傾斜の表面では、ミミズによって排出される2,4立方インチの土は、1年間に長さ1ヤードにわたって降下することがわかったいる。すなわち、240立方インチなら100ヤードにわたって降下するのである。この後者の量は、湿った状態では11,5ポンドの重さになる。こうして、かなりの重さの土が、絶え間なくすべての谷の両斜面をすべり落ち、いずれはその底に到達するのである。ついには、この土は谷の中を流れる流水によって、陸地から浸食されたすべての物質の大きな収容施設である海に運ばれる。毎年ミシシッピ川によって海に運ばれる堆積物の量から、その巨大な集水域が平均1年に0,00263インチずつ低くなっていることが知られている。このことは450万年のうちに、集水域の高さを海岸線の水準まで低下させるのに十分だということになる。もし、ミミズによって地表に運び出される厚さ0,2インチの細かい土の層の一部が毎年運ばれるとしたら、地質学者にとってはそれほど極端に長いとは思われない期間内に、必ずや重大な結果を生じるのである。


 考古学者はミミズに感謝すべきである。というのは、ミミズは地面の上に落とされた腐りにくいすべてのものを、その糞塊の下に埋めることによって、限りなく長い期間にわたって、それを保護し、保存してくれるからである。同様に、このようにしてたくさんのすばらしく精巧なモザイク舗装やその他の古代の遺跡が保存されてきたのである。まちがいなくミミズはこのような場合には、まわりの土地から、とくに耕作されているときに、流され、吹きとばされてくる土に大きく助けられている。それはともかく、古いモザイク舗装は、ミミズによって不均一に地下にトンネルが掘られることで、しばしば不均一に沈下するようになった。古いしっかりした壁すらその下にトンネルが掘られ沈下するので、ミミズが活動できない深さの、地表6〜7フィートの基礎がなければ、建築物はこの点では安全ではない。たくさんの一枚岩の記念碑、そして、いくつかの古い壁が、ミミズがトンネルを掘ったために倒れたのは確かであろう。

 ミミズは細かい根を持つ植物の生育、あらゆる種類の芽ばえの生育のためにすばらしい方法で土地を用意する。ミミズは定期的に土を空気にさらし、ふるう。そのため、ミミズが呑み込めない大きな石はその中に残ってはいない。ミミズは、園芸家が最も大事にしている植物のために細かい土をつくるときのように、すべてのものをお互いによく混ぜ合わせる。この状態の中で硝化の過程と同じく、それは湿度を保ち、すべての溶解性物質の吸着するのにもよく適している。死んだ動物の骨、昆虫のかたい部分、陸生貝類の殻、葉、小枝などは、すぐにミミズの糞塊の下にすべてが埋められ、植物の根によって利用できる程度に、多少とも腐った状態にされる。同様に、ミミズはそのトンネルにきわめてたくさんの枯葉や植物の他の部分を引き込む。その一部はトンネルの入り口をふさぐためであり、一部は食べ物とするのである。


 食べものとしてトンネルの中へ引っぱりこまれた葉は、細かい破片に引き裂かれたあと、部分的に消化され、消化管と尿管の分泌液にひたされ、大量の土と混ぜ合わされる。この土は黒っぽい色をし、ほとんどどこでも、かなりはっきりした層あるいはマントとして地表を覆っている肥沃な腐植を形成している。ヘンゼンは砂をつめた直径18インチの容器に、落葉をばらまき、それに2匹のミミズを入れた。すると、これらの落葉はすぐに3インチの深さまで、トンネルに中へ引き込まれた。約6週間後には1センチメートル(0,4インチ)の厚さのほとんど一様であった砂の層が、この2匹のミミズの消化管を通って腐植に変化していた。深さ5フィート、あるいは、6フィートの深さまで、ほとんど垂直に土の中にあけられているミミズのトンネルは、トンネルの入口につみ上げられる粘液状の糞塊が、雨水が直接穴の中に入るのを防いだり、止めたりするのにもかかわらず、大きく排水に役立っていると何人かの人は信じている。トンネルは土の中深くまで空気が入っていくのを許す。トンネルは同様に、ほどほどの大きさの根が下にのびることを容易にし、植物はトンネルを裏打ちしている腐植から養分をとる。多くの種子が糞塊に覆われることで発芽できるようになり、堆積している糞塊の下、かなりの深さに埋められた他の種子は、将来、偶然に覆いがとられ発芽するまで、休眠させられる。


 ミミズは感覚器官を少ししか持っていない。ミミズは明るさと暗さとを区別することはできるけれども、見えるとはいえないからである。ミミズは全く耳が聞こえず、わずかな嗅覚を持っているだけである。触角のみがよく発達している。したがってミミズは、外の世界のことについて、少ししか知ることはできない。ミミズが糞塊と落葉でトンネルを裏打ちする際、あるいは、いくつかの種がタワーのような糞塊を積みあげる際になにがしかの巧妙さを見せるのには驚かされる。ミミズがトンネルの入口をふさぐとき、ただの盲目的、本能的な行動でなく、ある程度の知能を示すように思われるのには、さらに驚かされる。いろいろな葉、葉柄、三角形の紙などで円筒のチューブをふさがなければならないときに、人がするのとほとんど同じやり方で行動する。つまり、ミミズは普通、そのような物体のとがった先の方をつかむのである。しかし、薄いものでは、ある程度は幅広い端から引き込む。ミミズは下等な動物の多くがするような、いつも一定不変の方法で行動するのではない。たとえば、葉の基部が先端と同じように狭いか、それよりも、さらに狭くなければ、葉柄から葉を引き込むことはない。

 広い芝の生えた平地を見るとき、その美しさは平坦さからきているのだが、その平坦さは主として、すべてのでこぼこがミミズによって、ゆっくりと水平にさせられたのだということを想い起こさなければならない。このような広い面積の表面にある表土の全部が、ミミズのからだを数年ごとに通過し、またこれからもいずれ通過するというのは、考えてみれば驚くべきことである。鋤は人類が発明したもののなかで、最も古く、最も価値あるものの一つである。しかし実をいえば、人類が出現するはるか以前から、土地はミミズによってきちんと耕され、現在でも耕されつづけているのだ。このような下等な体制をもつ動物で、世界の歴史の中でそんな重要な役割を果たしたものが他にいるかどうか疑うむきもあるだろう。しかしながら、さらに下等な体制をもつ動物、すなわちサンゴのなかには、大洋の中に無数のサンゴ礁や島を築くという、もっと顕著な働きをするものがいる。ただし、これらの生き物はほとんど熱帯地方だけに限られるのだが。






清浄庵の庭にあった


糞 塊




 「土壌のなかにはたくさんの生物がうごめいているが、なかでも大切なのは、ミミズだろう。いまから80年ほどまえ、チャールズ・ダーウィンは、『ミミズの活動による栽培土壌の形成・・・ならびにミミズの習性の観察』という本を出した。ミミズが土壌の運搬に基本的な役割を果たすという考えは、ここにはじめて述べられたといっていい。岩石の表面は、だんだん細かな土でおおわれてくるが、それは虫たちが下から運び上げてくるのだ。その量は多いときには1年で1エーカーあたり何トンにもなる。また葉っぱや草にはたくさんの有機物が入っている。それが、穴ぐらのなかへひきこまれ、土壌となってゆく(その量は、6ヶ月間に1平方ヤード[0,8平方メートル]あたり20ポンドあまりに達する)。ダーウィンの計算によれば、ミミズの力で地表につもる土の量は、10年間に1インチ[2,5センチ]から2インチぐらいの厚さになるという。だが、それだけではない。穴ぐらは、土壌を風化し、水はけをよくし、植物の根がよく通るようにする。ミミズがいればこそ、土壌バクテリアの硝化作用はまし、土壌の腐敗をくいとめるのだ。ミミズの消化器系を通るうちに有機物は解体し、排泄物によって土壌は豊かになってゆく。

 このように土壌の世界は、さまざまな生物が織りなす糸によって、それぞれたがいにもちつもたれつしている。生物は土壌がなければ育たないし、また逆に土は、生物の社会が栄えてこそ、生きたものとなれる」



(レイチェル・カーソン)