< 仏教とユング >
私の感動の激しさは、サーンチーの丘が私にとってなにか中心的なるものをあらわしていることを示した。それはその土地で私に仏教の新しい側面が見えてきたことである。
仏陀の障害は自己(セルフ)の現実であることがわかった。
そしてその自己が個人の生涯に侵入して、権利を主張したのであった。
仏陀にとって、自己はすべての神々を超えており、人間存在と世界全体の本質をあらわす「ひとつの世界」である。
自己は存在そのものの側面とその存在の認識される側面とをともに包括している。
自己をなしに世界は存在しない。
仏陀は人間意識の宇宙進化論的な尊厳をみており、理解していた。
それゆえ仏陀は、もし誰かがこの意識の光を消滅し尽せば、世界は無に帰してしまうことをはっきり観じた。
ショーペンハウエルの不朽の功績は、彼がこのことを認識したことであり、あるいは独自にそれを再発見したという点にある。
キリストもまた、仏陀と同様に、自己(セルフ)の具現者であるが、意味は全然違っている。
キリストも仏陀もともに世界の克服者であるが、仏陀はいわば理性的な洞察から克服したものであり、キリストは運命的に定められた受難者として世界を克服した。
キリスト教においては忍苦し、仏教においては観じ、行ずることが多い。
いずれの道も正しいのだが、インド的な意味では、仏陀がより完全な人間なのである。
仏陀は歴史上の人物であり、したがって人間にとって理解しやすい。
キリストは歴史上の人間であるとともに神であり、そのためはるかに捉え難い。
本当は、キリストでさえも自分自身を把握できなかった。
彼にわかっていたのはただ、彼が自身を犠牲にしなければならないということと、しかもこの成り行きが内面から強いられているということであった。
キリストの受難は、運命の行為のように彼の身の上に起った。
仏陀はおのれの生涯を全うし、年老いて死んだ。
ところがキリストの、キリストとしての活動が続いたのは、おそらく一年にすぎなかったであろう。
後年、仏教はキリスト教と同じような変形を来たした。
仏陀は、いわば自己(セルフ)発展のイメージとなった。
つまり仏陀が人間にとって模倣すべきモデルとなったのであるが、仏陀が実際に説いたのはそれとは逆に、「因縁」の鎖を克服することによって、すべての人間は開悟せるものに、仏陀になりうるということであった。
キリスト教においてもこれと同様に、キリストは、キリスト者の中に統合された人格として生きている模倣なのである。
しかし歴史の趨勢は「キリストにならいて」という方向へ流れ、これによって個人は自分自身の運命の道を全体性へと向かって歩もうとせず、キリストの歩んだ道をたどろうと希求した。
東洋においても同じで、歴史的な発展の方向は仏陀を信心深く模倣するように向かった。
仏陀が模倣されるモデルとなってしまうことは、それ自身仏陀の思想の弱体化であって、それはちょうど「キリストにならいて」がキリスト教思想の発展に宿命的な停滞を来たす先駆けとなったのと同様である。
仏陀が、彼の洞察そのものの故に、ブラーマの神々を凌駕していたように、キリストはユダヤの民に「あたながたは神々である」と呼び掛けた。
しかし人々は彼のいったことの意味を理解することができなかった。
その報いとして、いわゆるキリスト教的西欧が、新しい世界を造り出す代わりに、我々の現在所有している世界の滅亡可能性へと迅速に近づいている。
(ユング)
「未来の宗教は広大無辺となる。それは、人格的神を超越し、硬直した教義や神学を避けなければならない。自然と精神の両領域を含み、自然と精神の全てが有意義な一体として体験される宗教的感覚に基かなければならない。仏教こそそれらの要素を持っている。もし近代科学に対応できる宗教があるとすれば、それは仏教である」
(アインシュタイン)