< ブッダと戦争 >
ブッダが悟りを開いて4年目、カピラ城とコーリ城との間に水争いが起こった。このことを知ったブッダは、急いでカピラ城に帰り、今や戦闘を開始しようとしている両軍の真中に立たれた。ブッダの姿を見て、両軍は動揺した。
「いま、ブッダを見奉っては、敵に向かって矢を放つことはできない」と。人々はみな武器を投げ出した。
ブッダは、この様子を見て、両軍の首領を招いて質問した。
「何故、ここに集まったのか」
「戦うため」
「何事で戦おうとするのか」
「灌漑の水のために」。
そこでブッダは、さらにたずねた。
「人の生命と比べて、水はどれほどの値打ちがあるというのか」。
水の値打ちは、ほんの僅かである。
「何故に価値のない水のために、この上ない価値を持つ人間の生命を失おうとするのであるか」。
つづいてブッダは、例えを上げて説かれた。
人間はつまらぬ誤解のために争いを起し
互いに傷つけ殺し合うものであるから
正しく了解し合わねばならない。
つまらぬ誤解がもとで
万人がこれに付和雷同して悲惨な最後を招くものであるから
注意しなければならない
ことを、こんこんとさとした。
かくして、両域の人々は、心からよろこんで戦いをやめることができた。
その時、多くの比丘たちは、朝早く、衣をつけ、鉢をもって、サーヴァッティーに入った。彼らは、サーヴァッティーに托鉢し、食を終えて、鉢を置くと、ブッダのいますところに到り、ブッダを礼拝して、その傍らに坐した。傍らに坐した彼ら比丘たちは、ブッダに申し上げた。
「ブッダよ、マガタ国のヴェーデーヒーの子なるアジャータサッツ王と、コーサラ国のパセーナディ王とが戦いました。その戦いにおいて、マガタ国のアジャータサッツ王は、コーサラ国のパセーナディ王を破りました。コーサラ国のパセーナディ王は、その都城なるサーヴァッティーに逃げ帰りました」
「比丘たちよ、マガタ国のアジャータサッツ王は、悪しき友、悪しき仲間、悪しき取巻きをもつ。比丘たちよ、コーサラ国のパセーナディ王は、善き友、善き仲間、良き取巻きをもつ。だが、比丘たちよ、コーサラ国のパセーナディ王は、今夜は、敗者として苦しい眠りをねむらなければならないだろう」
そして、ブッダは、このように仰せられた。
勝利は怨みを生み
敗れては苦しく眠る
ただ勝敗を捨て去ってこそ
静けく楽しくも眠るであろう
またしても、マガタ国のアジャータサッツ王と、コーサラ国のパセーナディ王との戦い。
その時、多くの比丘たちは、朝早く、衣をつけ、鉢をもって、サーヴァッティーに入った。彼らは、サーヴァッティーに托鉢し、食を終えて、鉢を置くと、ブッダのいますところに到り、ブッダを礼拝して、その傍らに坐した。傍らに坐した彼ら比丘たちは、ブッダに申し上げた。
「ブッダよ、マガタ国のアジャータサッツ王は、四軍をひきいて、コーサラ国のパセーナディ王に対し、カーシ国に攻め入りました。コーサラ国のパセーナディ王は、それを聞いて、王もまた四軍をひいて、これを迎え撃ちました。そして、その戦いにおいて、コーサラ国のパセーナディ王は、マガタ国のアジャータサッツ王を破り、彼を生捕りにしました。ブッダよ、そこでコーサラ国のパセーナディ王は、かように考えました。『このマガタ国のアジャータサッツ王は、なんの害も加えない私に害を加えようとするのであるとはいえ、やっぱり彼は私にとっては甥である。私は、むしろ、彼から彼のすべての象軍・馬軍・車軍・歩軍を奪い去って、そのうえで彼を放つことにしよう』と。ブッダよ、かくて、コーサラ国のパセーナディ王は、マガタ国のアジャータサッツ王から、その四軍の全てを奪い去って、彼を釈放いたしました」
その時、ブッダは、そのことの意味を知って、次のような偈を誦したもうた。
おのれに利あるかぎり
人は他を掠(かす)めてやまず
また、他に掠めらるれば
彼もまた掠(と)りかえす
愚者はその悪の実らざる限り
それを当然のことと思う
されど、ついにその悪の実る時
彼はその苦しみを受けねばならぬ
他を殺せば、おのれを殺すものを得
他に勝てば、おのれに勝つものを得
他を謗(そし)れば、おのれを謗るものを得
他を悩ませば、おのれを悩ますものを得
かくて業の車は転がり転がって
彼は掠めてはまた掠めとらる
総ての者が幸せと平和に暮らし
強者も弱者も
身分の高い者も低い者も
遠くに住む者も近くにいる者も
生まれた者
これから生まれてくるであろう者も
総てが平和に暮らせるようでなければならない。
誰も仲間にへつらったり軽蔑したりせず
怒りや憎しみで他人を傷つけようとさせたりしてはならない。
母親が我が子を命がけで庇おうとするように
生ける者総てを我が子と思う心を抱き
全世界への愛
内に憎しみを持たぬ汚れなき
敵意を起させない愛を抱かしめよ。
このように
汝らは立つ時も歩く時も
坐ったり横になったりする時も
常に全力をもってこのことを考えよ。
これが”清らかな状態”である。