< 重松流祭囃子の宝物 >


〜  重松流祭囃子 〜




鈴木 清


(明治45年6月20日生まれ)



「私の祭りと囃子についての記憶は、5歳当時に遡ります。母に連れられてお祭りを見に行った記憶があります。大通りはすでに電線が取り付けられて、本町の山車の上層部に飾られる”加藤清正”の人形が取り付けられず、仕方なく御神所にそれが飾られていたのを覚えています。髭を生やしてかっと見開いた眼光は怖いほど立派なものでした」




 「大正初期の本町の囃子連は数十人のメンバーがいました。その中でリーダー格であり師匠であったのが栗原寅吉でした。栗原は西木屋という小さな米屋の主人で小太鼓の”ジ・カラミ”はもとより、笛も名人級のとても器用な人でした。私の家は栗原と隣り合わせでしたので、子供の頃からよく可愛がられて背中におぶさっては、練習に連れて行かれたものです。栗原は明治30年代に上新井の中島銀次郎から太鼓と踊りを習い覚えたということです。銀さんという人は重松の直弟子であり、晩年は仲町で金魚屋をしていました。『金魚〜金魚〜』と売り歩く姿を私もおぼろげながら覚えています。栗原は毎年真冬になると、町内の崖の上に祀られている稲荷様のところで、一人で笛を稽古したものです。その鈴をころがす様な流麗な音色は町内中に響きました。今でもその音が耳に残っています。その当時は娯楽が少なかったですから、私の母親なども栗原の笛が聞こえるのを楽しみにして、『寅ちゃんの笛はいいなぁ』とよく言っていました。

 本格的に太鼓を習得したのは、15〜16歳頃。16〜21歳まで川越の印藤光五郎という大工職に住み込んで働いていたため、基本的な技術についてはおよそ16歳までには修得しました」









1997年10月「神明神社奉納演奏」(動画)










井上誠一


(大正13年生まれ)



 「私は東京都西多摩郡福生村で生れました。家は福生村の駅前通りの『魚忠』という魚屋でした。当時、福生村のお祭りは重松流でした。非常に賑やかにやっておりまして、小さい頃から聞いていましたので憶えています。福生の重松流は羽村から、羽村の重松流は瑞穂村から、瑞穂村の重松流は狭山湖、多摩湖を通って所沢から伝わったと聞いております。本格的に始めたのは、23歳の時です。立川に住んでおりました。当時はお囃子を頼んでやっておりましたので、私が青年団長をやっていた時にみんなで羽村村まで習いに行きました。『重松くずし』と言っておりました。今、立川はいろんなお囃子があるようです」




「昭和36年に所沢の荒幡に越して来ました。荒幡にはお囃子はなく、お神輿だけでしたが、100年前の太鼓が見つかり、荒幡のお囃子を復活させました」



(1998年夏祭り)


この頃は一人も子どもは居なかった。














柳沢昌平


(大正14年生まれ)



 「所沢宮本町で生まれて、重松流を始めたのは22歳の頃でした。戦後落ち着いて、青年団に入り、”ジ”も”カラミ”も踊りもうまかった大野佐吉という名人に太鼓を習いました。大野佐吉さんは和田(今の東所沢)から習ったそうです。昭和35年に西所沢に移って以来、山車祭りの時は西所沢の山車に乗っています。現在は平成2年から山口に住んで、『役鼓連』『山口囃子連』『我ヶ原囃子連』、その他いろんな所で精力的に伝承しています」











重松流祭囃子教則本の”ジ・カラミ・大カン”の太鼓はほとんど柳沢さんの手です。











西久保正一


(昭和23年生まれ)



 重松流祭囃子笛の師匠です。


 私が大森から所沢(荒幡)に来て初めて重松流祭囃子に接したのが、西久保さんが立ちあげた「役鼓連」でした。「役鼓連」の趣旨は、町内とは関係なく、新住民でも誰でも重松流祭囃子を習うことが出来るというものでしたので、全曲を修得するために通いました。そしてそこで柳沢さんと出会ったのです。稽古が終って、柳沢さんと西久保さんと三人で夜の所沢を重松流談義で盛り上がりながら歩いて帰ったのを今でも鮮明に想い出します。柳沢さんとは、「山口囃子連」立ち上げのメンバーになったり、「我ヶ原囃子連」や「本町囃子連」を紹介して頂きました。

 ある日、井上さんが一人で家に訪ねて来ました。『私の知っている方が、「山口囃子連」にお囃子を習いに行っているのですが、笛を教えている人が荒幡にいると聞きました。荒幡囃子連には笛がいませんので、ぜひ来て下さい』ということでした。それから私は、「役鼓連」「山口囃子連」、そして「本町囃子連」「我ヶ原囃子連」「荒幡囃子連」に毎週行き、宮崎に帰って来るまでずっと伝承し続けていました。


 第二のふるさと所沢<重松流祭囃子の宝物と私>のお話でした。





役 鼓 連




(1995年7月29日)




(1990年)


所沢市制施行40周年記念


1950年(昭和25年)11月3日、所沢町が市になる。









小さな宝物




荒幡囃子連の子どもたち




本町囃子連の子どもたち









重松ジャム




2006年6月25日

いろんな地域の重松流祭囃子「一人曳っかわせ」









グァテマラ&重松流




2006年12月8日 「ホテル・ニューオータニ」

中央の方がグァテマラ大使です。