< 世界の仏教徒よ結合せよ! >




 世界の仏教徒よ結合せよ!そういうことを私は主張したいと思う。

 私が大正八年海外留外を命ぜられて日本を去る時分には、丁度戦後(第一次世界大戦)の社会的不安というものが世界の人心を支配していた最中で、我が邦でも労働問題、社会問題、そういうことが世人の注目を惹いて居た。然るに今度帰朝して見ると、どうやらそれらの問題に対する興味が薄らいで、それに代わって一種の宗教的傾向が高まっているかのようである。私は社会問題、労働問題が現代に於ける重要問題であることを信じている一人であるが、同時にそれらの問題は決して我々の人間生活に於ける唯一の問題でないことを知っている。その意味に於いて近頃、宗教的傾向の現われて来たことを大によろこぶのである。

 けれども、私は今現われているところの宗教的傾向を、一も二もなく無条件で歓迎する事は出来ない。日本のこの頃の宗教的傾向、殊に文学の上に現われた宗教意識などは、どちらかと云えばキリスト教的な、どうかすると人情的な「愛」を中心とした一種のロマンチシズムで、随分甘いものも見受けられる。その中に真実なもの、ほんものは果してどれ程あるか、頗る心もとなく思われる。


 私共が数年前より自ら求めもし、また世に向って主張もしていたところのものは、そのようなロマンチシズムでもなく、感傷的宗教やキリスト教的愛でもなく、真の仏教精神を自覚せんことを求め、また之を世に振興せんことを主張したのである。純乎として純なる仏教精神、それこそ私共の理想で、あらゆる相対差別の知識経験を超えた真の認識、絶対自由なる精神的境地である。またそれはあらゆる愛と憎しみとを絶した至高、至深の慈悲と忍辱ととである。されどこれよりこれらの言葉もついに仏陀の真精神を説明するに足りない。ああ量りがたき仏教精神。その偉大が自覚され、またあらゆる人類社会の上に実現される日の来らんことこそは、私共のまことの願いである。



 私は今度帰朝して感謝したいことは、この戦後、思想界、物質界にいろいろの変化があったにも拘らず、自分はやはり依然として根本的に仏教徒であり、何処までも仏教精神に生き、この最高自由の精神を世界的に徹底せしめたいという願いの変わらぬことである。

 顧みれば世界の大戦は広く人類の生活の上に、物質的にも深刻な影響を及ぼした。殊にヨーロッパ大陸諸国は大戦によって、直接に惨害を蒙り、今尚その”いたで”に悩んで居る。世界の経済的並みに政治的覇権も新大陸のアメリカ人に帰してしまうと云う、実に大なる変化である。私共は無常流転の”すがた”をそこに認めぬ訳には行かぬ。また、新に興れる労働階級の勢が一国の政治、否世界の政治をも支配せんとするに至った。これまた大なる変化と謂わなければならぬ。しかし今はそれらの問題について論ずる事を止めて、大戦が人間の精神、心もち、乃至思想の上に及ぼした影響について少しく述べて見ようと思う。

 大戦が人間の心もちなり思想なりに与えた影響については、これは深い学問的研究の対象である。この点についての研究はいろいろ発表されたものもあるようであるが、まだ完成して居らぬようである。私は最近に欧米の社会について観察しただけのことを簡単に述べて見たい。大戦が人心に及ぼした影響に善い方面と、悪い方面があると思う。悪い方面からは戦争はたしかに人間の心を荒ませた。その結果は、例えば犯罪の増加というようなことに現われている。これよりそれには経済上の原因も大に手伝っては居るが、これと密接に関係して、社会一般の風紀が乱れて来たことである。殊にヨーロッパ大陸では、大都市の中央で淫買が随分極端に行なわれており、或いは姦通を原因として離婚の訴えを起こすというようなことが、ヨーロッパでもアメリカでも随分多いようである。一面に於いて日常生活に於ける唯物的傾向は益々つのり、法律や道徳を犯してでも金を儲けようとする。或いは他人の窮迫を利用して暴利を貪るものがある。そうしてひたすら官能的快楽を追求する。或いはそのように極端に行かぬまでも、世人一般に戦争の苦しみに疲れ、或いは一寸面白いものを好むような傾向があり、ともすれば露骨に官能的な小説本、芝居、一段下って寄席、活動、それらをもって僅かに一時のなぐさめとして居る。この点などは随分気の毒な心理状態ではないかと思う。

 しかしながら、一面には戦争によって人類はよい教訓を与えられた。それは戦争の如何に悲惨にして、如何に無意味なことであるかを覚るに至ったことである。平和に対する渇望が期せずして湧いて来たことである。そうして何とかして永続する平和をもち来したいものであるという要求が懐かれるようになった、従来国際間の平和というものは所謂権力の権衝、即ち武力と武力とのつり合いによって辛うじて維持されて居たのであって、いざとなればいつでも暴力の行使に至るを免れない。この点に於いては近世の戦争いづれも皆同じことであるが、恒久的平和を確立するためにはこの従来の精力権衝では駄目である、ここに一つの世界的団体組織をおこして、その中心的権力によって勢力権衝に代え、暴力の行使に代わる正義及び法律の支配を以ってしなければならぬ、という考えが高まって来たのである。勿論斯様な考えは今度の戦争によって初めて発生したのではなく、哲学者や法律学者の間には古くから考えられていたことであるが、それが実際の問題として考えられるに至ったことは全く今度の戦争のお陰であって、この点よりすれば今度の戦争は必ずしも無意味には了らなかったのである。

 かの国際連盟なるものは即ちこの世界的組織を以って勢力権衝に代え、暴力の行使に代わるに正義及び法律の支配を以ってしようという考えによって現われたものであって、この運動について最大の功績を有するはアメリカ人、殊に前大統領ウィルソン氏である。まことにウィルソン氏がかの平和十四カ条の要求を提げて、あらゆる反対を排し、前例を破ってパリの講和会議に臨んだその意気は壮とすべきものがあった。ヨーロッパ人が一時彼を神の如くあがめたことも決して無理ならぬことである。そうして氏の努力によって国際連盟が不完全ながらとにかく出来上がったのであった。

 また最近に於いては同じくアメリカ大統領ハーディング氏の発議によって軍備制限ということが問題とされ、昨年十一月から今年一月にかけてワシントンに列国会議の開かれたことも我々の記憶に新なるところであるが、この会議もその精神に於いては結局国際連盟の精神と同一であって、ただ前者の理想的なるに対して、後者は寧ろ現実的なるの差異があるのみである。而してこの会議は或る程度まで積極的な結果を挙げたので、その限度に於いて確かに成功と謂って差支えないのである。アメリカは戦争によってあまり損害を蒙らず、寧ろ余裕ある立場にあるからでもあるが、とにかく斯様に世界の平和に貢献していることは尊敬すべきことである。



 然らば吾人はこれらの事実によって、平和の要求が実現され、戦争の危機が去ってしまったものと考えてよろしいかというに、残念ながら然りと答えることは出来ぬのである。世界の平和を求める心はたしかに存在して居るが、またその反面には頑固にして偏狭なる愛国心があり、飽くことなき復讐の心がある。正義及び法律による平和と国際的協力を増進せんとする国際主義の思想があると共に、何事にも自国を本位とする国民主義の思想が猛烈である。フランスの如きはその最も著しい一例で、戦争はすでにすんでしまったけれど、ドイツに対する警戒心を解くことが出来ぬのである。尤もこれには無理もない点があって、一概にフランスの国民主義を非難することは出来ないのであるが、またフランスの国民主義もこの頃随分極端になり、今日ではドイツよりも寧ろフランスの方が軍国主義的で、戦争中にドイツの軍国主義を罵った手前、如何にも矛盾のようであるが、事実はその通りである。

 アメリカなども、一種の子供らしい理想主義をもっていることは明らかで、その平和に対する貢献には確かに尊敬に値するものがあるが、それと共に最も頑冥なる国民主義の存する国もまたアメリカである。今やアメリカは世界一の国家であるという自負心と傲慢の心とに満ちて居る。今までは移民の裔と軽蔑されていたものが、その新大陸の豊富なる資源の開発によって次第に経済上の実力を増加し、今度の戦争を機会に全く世界の覇者たる地位を占めるに至ったのであるから、彼等の得意想うべしである。従って一方には随分理想主義的なよい方面もあるが、併し実地にその国民の気風を観察して見ると、極めて利己的な国民主義が勢力を占めて居るようである。「アメリカ第一」、即ち何事よりもアメリカの利益を先とせよ、ということが今日アメリカの政治を支配するモットーである。また「アメリカはアメリカ人の物」と称して、他国人を排斥しようとする気風が濃厚である。論より証拠、国際連盟を提案した者もアメリカ人であり、これに対して最も猛烈に反対したのもアメリカ人で、ためにアメリカはついにヴェルサイユ平和条約の批准を拒み、折角出来た国際連盟にも加入せぬのである。軍備制度の条約は辛うじて批准されたようであるが、しかし国内には随分反対があり、ハースト系の新聞紙などはワシントン会議中「何で日本にそんな我儘を云わせるのだ」といった調子で、盛んに偏狭なアメリカ主義を発揮したことを、当時私はアメリカに居てよく知っている。即ちアメリカなどはその境遇上フランスのような軍国主義的色彩は帯びないが、根本に遡って見ると所詮は同じ国民的利己主義で、到底これを脱することは出来ないようである。これは恐らく人間の性情に焼き付けられた、云わば業なのであろう。




 私共はここに国民的に展開された、煩悩の果てしなき争闘を眺め得るのである。そこには国民的貪欲があり瞋恚があり、愚痴がある。そうしてその国民的煩悩によって自らを害い、他を傷つけんとして居るのである。即ち仏陀釈尊の説かれた現実の世相がそのままに目の前に現われているのである。私は今フランスやアメリカを批判したが、それはただ例として挙げたにすぎない。イギリスもドイツも、否それよりも私共は先ず我々日本人のことを第一に反省しなければならぬ。省みれば我々日本人も同じことで根本に於いて聊かも変わりない。その本来の有するところの国民的自負心は、開国以来の歴史に寄って更に異常に昂奮されて居ると思う。ただその自負心たるや、ひとえに軍国としての誇りであって、何等の文化的誇りを知らず、近来は殊に文化的に一も二もなく西洋崇拝に陥っているだけの違いがある位のものである。

 私は、この際世界の国民一斉に国民的懺悔を行なうべき時であると思う。無明盲目なる自国本位の国民主義、偏狭頑固なる愛国心、そういうものを最高の道徳であるとするような考えは断じて捨てなければならなぬ。それは実に極りなき煩悩の発現であり、醜き罪悪の根源であることを痛感せねばならぬ。而して何より先ず四海同胞の心を養い、慈悲忍辱の心をもって、人を瞋らず、傷つけざることを、一国の同胞から拡張して世界人類の上に及ぼさねばならぬ。即ちかくの如き世界的精神を根底として初めて世界のあらゆる国民が共同し、協和して、諸の国民の間に真に正義に基くところの平和なる世界組織を出現せしむることが可能であると信じられるのである。

 これは正しく一の偉大なる宗教的事業であって、単なる国際連盟の規約や軍備制限の条約ぐらいで出来得べき筈のものではなく、実に我々の心を根本的に回転せしむるところの大宗教が必要である。しかもそれは自我の執着を打破し、真に無我なる心を以って隣人と共に生くるの道に到達せしむるものでなければならぬ。そのためには我々の懺悔は実に自己のあらゆる行為のみならず、我々の道理や理想にまでも深い批判を加え、反省を加えるものでなければならぬ。即ち大なる智慧を必要とするのである。私はここに至って、何としても仏教というものの偉大を仰ぐと共に、仏教徒たる者の責任を感ぜぬわけには行かぬ。

 懺悔は諸の宗教の等しく教えるところである。私共が現実の我に満足する能わずして、その我を征服し、向上の一路を辿らんとするとき、懺悔はまことに必然である。しかしながらその懺悔に自ら深浅、広狭がある。例えばキリスト教の懺悔の如き、自己の行為とその動機とに対する懺悔は頗る痛烈を極むるものがあるようであるけれども、我々の思想に深く宿っているところの道理や理想というものに対する反省、批判がない。しかしながらこの道理や理想こそは実に我に執着せしめ、他人と争わしむる最大の原因なのである。私共のよしと思い、わるいと判断する。そのところにすでに争いの根源がある。キリスト教は超然たる一神を立てて、その前に自己の行為や動機をば懺悔するけれども、ひるがえって他に対する時、その超然たる一神をば直ちに我が物にしてしまうのである。私をして言わしむれば、この迷執にして去らざる限り、如何に自己の道理について懺悔するも無益である。真の大懺悔は自己の道理や理想の囚われからも非ざれば得べからざるところであることを、私は固く信じて疑わぬのである。仏教精神が現代に活躍すべき舞台はここに明らかに展開されて居るのである。

 私はかくの如き意味に於いて、真に仏教徒の容易ならざる責任を感ずる者である。而して仏教徒は今や一郷一国を相手として居るべき場合ではなく、広く世界人類を相手としてその精神を弘通し、世界人類の運命を救済すべき秋である。故に、私はまず日本、支那、印度の仏教徒、続いてアメリカ、ドイツ等に散在する仏教徒が一団となって世界平和のために働かねばならぬことを主張するのである。釈尊在世の当時、その人格を慕う求道者の群れが、釈尊の周囲に集まって自ら一の教団をなしたように、今や釈尊によって遺された「仏教精神」の大旗の下に、あらゆる国人と人種とが一つになるべき時機が来た。

世界の仏教徒よ、結合せよ!

これ私の衷心よりほとばしり出ずる絶叫である。



(大正十一年 小野清一郎)






しかし、1939年(昭和14年)



第二次世界大戦は始まった。






 わたしのさとり得たこの法は、深遠で、理解しがたくさとりがたい。静寂であり、卓越していて思考の領域をこえる。微妙であってただ賢者のみそれを知ることができる。

 ところが世の人は五つの感覚器官(視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚)の対象を楽しみとし、それらを悦び、それらに気持ちを高ぶらせている。それらを楽しみとし、それらを悦び、それらに気持ちを高ぶらせている人々にとって、実に、この道理、すなわちこれを条件としてかれがあるという縁起(あるものに縁って、他のものが起こる)の道理は理解しがたい。また、すべての存在のしずまること、すべての執着を捨てること、渇欲をなくすこと、慾情を離れること、煩悩の消滅すること、それがすなわち涅槃である、というこの道理も理解しがたい。もしわたしが法を説いたとしても、他の人々がわたしを理解してくれなかったら、それはわたしにとって疲労であるだけだ、と。

そして、いまだかつて聞かれたことのないこの不思議な詩句が世尊の心に浮かんできた。



わたしが苦労してさとりを得たものを、いま人に説いて何の得るところがあろう。

貪欲と憎悪とに負かされた人々にとって、この法をさとるのは容易ではない。

常識の流れに逆らい、精妙で、深遠で、理解しがたい、微妙なこの法を

貪欲に汚され幾重にも無智の闇におおわれている人々は、見ることがない。



 世尊はこう考えられたから、その心は進んで説法するほうにではなく、退いて静観するほうに傾いた。



 そのとき、神は世尊の心中の考えを知って、こう思った。

『ああ、世は滅びる。ああ、世は滅亡する。いまやまったく、如来・阿羅漢・正覚者の心は、進んで説法するほうにではなく、退いて静観するほうに傾いている』と。そこでこの神は、たとえば力士が曲げた腕を伸ばし、伸ばした腕を曲げるのと同様な速さで、天界からすがたを消して、世尊の前にすがたをあらわした。


 神は上着を一方の肩にかけ、右の膝を地につけ、世尊のほうへ向かって合掌して、言った。

『世尊、法をお説きください。善き人よ、法をお説きください。世にはその眼があまり塵によごれていない人々もおります。いまは彼らも法を聞いていないのでその心が衰退していますが、世尊が法をお説きになったら、やがて法を了解する者となるでありましょう』

神はそのように言った。

そのように言って、さらに次のように述べた。

『かつてマガタの人々のあいだにあらわれたのは、心浄からぬ人々の思考した不浄の法でした。いまあなたは不死を得るための門をお聞きください。心浄き人によってさとられた法を聞かせてください。あたかも山の頂きの岩の上に立って、周囲の人間を見わたすように、賢者よ、広く見わたす眼のあるおかたよ、悲しみをこえたあなたは、法より成る楼閣の上に立って、悲しみに沈み、生と老とにおしひしがれた人間を、ご覧ください。立ち上ってください。英雄よ、戦の勝利者よ、隊商の先達よ、負債なき者よ、世を遊行してください。世尊よ、法をお説きください。やがて法を了解する者はあるでありましょう』


 そのとき、世尊は神の懇請を知るとともに、衆生に対するあわれみの情から、仏陀の眼をもって、世を観察された。


 世尊が目ざめた者の眼をもって世界を観察されると、衆生のなかには、智慧の眼が煩悩の塵によごれていない者もあり、ひどくよごれている者もある。生まれつき資質のすぐれた者もあり、資質の劣った者もある。善い性質の者もあり、悪い性質の者もある。教えやすい者もあり、教えにくい者もある。また、来世に生まれて苦をうけねばならぬおのれの罪業についておそれを知りつつ暮らしている者たちもある、ということが知られた。


 たとえば、青蓮華の池や黄蓮華の池や白蓮華の池のなかにあって、ある青蓮華・黄蓮華・白蓮華は水中で生え、水中で伸び、水面に出ないで、水中に沈んだまま繁茂する。ある青蓮華・黄蓮華・白蓮華は水中で生え、水中で伸び、水面と等しいところまで伸びてとどまっている。ある青蓮華・黄蓮華・白蓮華は水中で生え、水中で伸び、水面より上に出て、水に濡れないで立っている。ちょうどそのように、世尊が目ざめた者の眼をもって世界を観察されると、衆生の中には、智恵の眼が煩悩の塵によごれていない者もあり、ひどくよごれている者もある。生まれつき資質のすぐれた者もあり、資質の劣った者もある。

・・・おそれを知りつつ暮らしている者たちもある、ということが知られた。

このように知って、世尊は神に次の詩節をもって答えられた。



不死を得るための門は開かれた。

耳をもつ者は、聞いておのれの盲信を捨てよ。

神よ、わたしがこのすぐれた卓越した法を人々のために説かなかったのは

それが人々を害するであろうと案じてであった。



 そのとき、神は、世尊の説法のためのきっかけをつくることができたと考えて、世尊に敬礼し、その周りを右まわりにまわって、その場からすがたを消した。





(相応部)