< 芭蕉と仏教 >



〜 芭蕉語録 〜




古池や 蛙飛こむ 水のおと



水むけて 跡とひたまへ 道明寺



愚案ずるに 冥途もかくや 秋の暮



いづく霽(しぐれ) 傘を手にさげて 帰る僧



盛じや そぞろ浮法師 ぬめり妻



愚にくらく 棘をつかむ 蛍哉



奈良七重 七堂伽藍 八重ざくら



世にさかる 花にも念仏 申しけり



南(な)もほとけ 草のうてなも 涼しかれ



僧朝顔 幾死にかえる 法の松



水とりや 氷の僧の 沓(くつ)の音



命二つの 中に生きたる 桜哉



梅こいて 卯花拝む なみだ哉



観音の いらかみやりつ 花の雲



ふるすただ あはれなるべき 隣かな



名月や 池をめぐりて 夜もすがら



ものひとつ 瓢(ひさご)はかろき わが世哉



はつゆきや 幸(さいわい)庵に まかりある



忘るなよ 籔の中なる 梅の花



花の雲 鐘は上野か 浅草か



笠寺や もらぬ窟(いわや)も 春の雨



寺にねて 誠がほなる 月見哉



蓑虫の 音を聞に来よ 草の庵



磨なをす 鏡も清し 雪の花



山寺の かなしさつげよ 野老(ところ)ほり



神垣や おもひもかけず 涅槃像



陽炎の 俤(おもかげ)つづれ いしのうへ



灌仏の 日に生れ逢ふ 鹿の子哉



若葉して 御めの雫 ぬぐはばや



須磨寺や ふかぬ笛きく 木下やみ



海ははれて ひえ降の寺 五月かな



撞く鐘も ひびくやうなり 蝉の声



蓮池や 折らで其まま 玉まつり



粟稗に まづしくもなし 草の庵



棧(かけはし)や いのちをからむ つたかづら



月影や 四門四宗も 只一ツ



西行の 草鞋もかかれ 松の露



埋火(うづみび)も きゆやなみだの 烹(にゆ)る音



地にたふれ 根により花の わかれかな



手向けり 芋ははちすに 似たるとて



世の中は 稲かる頃か 草の庵



鐘つかぬ 里は何をか 春の暮



うら見せて 涼しき瀧の 心哉



五月雨の 降のこしてや 光堂



蛍火の 昼は消えつつ 柱かな



閑さや 岩にしみ入 蝉の声



其玉や 羽黒にかへす 法の月



月か花か とへど四睡の 鼾(いびき)哉



あかあかと 日は難面(つれなく)も あきの風



むざんやな 甲(かぶと)の下の きりぎりす



庭掃いて 出(いで)ばや寺に 散柳



月清し 遊行のもてる 砂の上



月いづこ 鐘はしづみて 海の底



うきわかれを さびしがらせよ 秋の寺



きくの露 落て拾へば ぬかごかな



初雪や いつ大仏の 柱立



少将の あまの咄(はなし)や 志賀の雪



てふの羽の 幾度越る 塀のやね



鐘消えて 花の香は 撞夕(つくゆうべ)哉



草の葉を 落るより飛ぶ 蛍哉



曙は まだむらさきに ほととぎす



頓(やが)て死ぬ けしきは見えず 蝉の声



名月や 児(ちご)たち並ぶ 堂の縁



稲妻に さとらぬ人の 貴さよ



朝茶のむ 僧しづかさよ 菊の霜



はつ雪や 聖小僧の 笈の色



から鮭も 空也の痩も 寒の内



たふとさや 雪ふらぬ日も 蓑とかさ



大津絵の 筆のはじめは 何仏



能なしの 寝(ねむ)たし我を ぎやうぎやうし



三井寺の 門たたかばや けふの月



やすやすと 出ていざよふ 月の雲



鎖(ぢやう)あけて 月さし入よ 浮み堂



萩の穂や 頭をつかむ 羅生門



たふとがる 涙やそめて ちる紅葉



人も見ぬ 春や鏡の うらの梅



うらやまし うき世の北の 山櫻



芭蕉葉の 柱にかけん 庵の月



月花の 愚に針たてん 寒の入



庭はきて 雪をわするる ははき(箒)かな



中々に 心おかしき 朧月(しはす)哉



白魚や 黒き目を明く 法の網



灌仏や 皺手合(あわす)る 数珠の音



菊の香や ならには古き 仏達



此道や 行く人なしに 秋の暮



白菊の 目にたてて見る 塵もなし



旅に病で 夢は枯野を かけ廻る



ひとり尼 わら家すげなし 白つつじ



物ほしや 袋のうちの 月と花



しばのとの 月やそのまま あみだ坊



おさな名や しらぬ翁の 丸頭巾



苔埋む 蔦のうつつの 念仏哉



香をのこす 蘭帳蘭の やどり哉



此寺は 庭一盃の ばせを哉



古法眼 出どころあはれ 年の暮



西行の 庵もあらん 花の庭



たのしさや 青田に涼む 水の音



青柳の 我からむすぶ 佛かな



曙や 霧にうづまく 鐘の声



いざ落花 眼裏の埃 掃捨む



鐘も撞 住持も仕たり 麦の秋



鎌倉の 釈迦とまるめろ みのりけり



けふひがん 菩提の種を 蒔日かな



雲なびく 季(きのみ)読経の ひき茶哉



白露の さびしき味を わすするな



硯このむ 奈良の法師が 炬燵かな



簟(たかむしろ) 膾(なます)喰うたる 坊主哉



立せたまふ 佛も人の 案山子哉



旅僧の 昼寝の床や 秋の風



散る柳 あるじも我も 鐘を聞



寺ひらく 坊主の形や 初時雨



夏さむし 大仏くれて 堂の内



花の山 袈裟落されな 坊主達



花は世を 江戸方角の 法師哉



ひと色を 千々の錦や 萩見寺



武帝には 留守と答へよ 秋の風



松杉の 尾上の鐘や 秋の暮



明月や 鼻の先なる 光明寺



名月や 我家に戻る 門徒坊



山寺や 山に居風呂 やま櫻



世をいかに 捨どころなき 山櫻



秋の夜を うしろに仕たる 法師哉



あしだはく 僧もみへたり 花の雨



汗の香に 衣ふるはむ 行者堂



盂蘭盆や 家の裏とふ 墓参り



枝なくて 世にかかはらぬ 蓮(はちす)哉



笠寺や 乗敷(のりしき)さます 一すずみ



声にみな なきしまふてや 蝉のから



散ばちれ 千里一風の 鉄線花



分別に 花の鏡も くもりけり



老僧の 竹の子をかむ 涙かな