< 芭蕉とわらべうた >




古池や 蛙飛こむ 水のおと



花の顔に 晴うしてや 朧月



餅雪を しら糸となす 柳哉



春風に ふき出し笑ふ 花も哉



杜若 にたりやにたり 水の影



七夕の あはぬこころや 雨中天



影は天の 下てる姫か 月のかほ



萩の声 こや秋風の 口うつし



寝たる萩や 容顔無礼 花の顔



月の鏡 小春にみるや 目正月



植る事 子のごとくせよ 稚児櫻



たかうなや 雫もよよの 篠の露



目の星や 花をねがひの 糸櫻



此梅に 牛も初音と 啼つべし



山すがた 蚕が茶臼の 覆かな



富士の風や 扇にのせて 江戸土産



詠(ながむ)るや 江戸にはまれな 山の月



猫の妻へ つひの崩れより 通ひけり



龍宮も けふの塩路や 土用干



先しるや 宜竹が竹に 花の雪



またぬのに 菜売りに来たか 時鳥



あすは粽(ちまき) 難波の枯葉 夢なれや



梢より あだに落けり 蝉のから



行く雲や 犬の欠尿(かけばり) むらしぐれ



白炭や かの浦島が 老の箱



大裏雛 人形天皇の 御宇(ぎょう)とかや



蜘何と 音をなにと鳴く 秋の風



よるべをいつ 人葉に虫の 旅ねして



花むくげ はだか童の かざし哉



夜竊(ひそか)に 虫は月下の 栗を穿つ



わらふべし 泣くべし我朝顔の 凋(しぼむ)時



月十四日 今宵三十九の童部



手にとらば 消えんなみだぞあつき 秋の霜



雪と雪 今宵師走の 名月か



山は猫 ねぶりていくや 雪のひま



秋をへて 蝶もなめるや 菊の露



名月や 池をめぐりて 夜もすがら



さとのこよ 梅おりのこせ うしのむち



よくみれば 薺(なずな)花咲く 垣ねかな



起きよ起き 我友にせん ぬる胡蝶



ほととぎす なくなくとぶぞ いそがはし



里の子や 稲すりかけて 月を見る



蓑虫の 音を聞きに来よ 草の庵



御子良子の 一もと床し 梅の花



盃に 泥な落しそ むら燕



さまざまの 事おもひ出す 櫻かな



雲雀より 空にやすらふ 峠哉



花ざかり 山は日ごろの あさぼらけ



しばらくは 花の上なる 月夜かな



父母の しきりに恋し 雉子の声



此ほたる 田ごとの月に くらべみん



めに残る よしのをせたの 蛍哉



あの雲は 稲妻を待つ たより哉



よき家や 雀よろこぶ 背戸の粟



あの中に 蒔絵書たし 宿の月



五つむつ 茶の子にならぶ 囲炉裏哉



行はるや 鳥啼うをの 目は泪



蜻蛉や とりつきかねし 草の上



初しぐれ 猿も小蓑を ほしげ也



冬庭や 月もいとなる むしの吟



いざ子ども 走ありかむ 玉霰



雪の中に 兎の皮の 髭作れ



獺(かわうそ)の 祭見て来よ 瀬田のおく



うぐいすの 笠おとしたる 椿哉



てふの羽の 幾度越る 塀のやね



ひばりなく 中の拍子や 雉子の声



一里は みな花の子の 子孫かや



蛇くふと きけばおそろし 雉の声



物好や 匂はぬ草に とまる蝶



草の葉を 落るより飛 蛍哉



やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声



猪も ともに吹るる 野分けかな



名月や 稚児たち並ぶ 堂の縁



きりぎりす わすれ音になく こたつ哉



麦めしに やつるる恋か 猫の妻



たけのこや 稚(おさな)き時の 絵のすさび



能なしの 寝(ねむ)たし我を ぎやうぎやうし



己が火を 木々の蛍や 花の宿



秋風の ふけども青し 栗のいが



やすやすと 出(いで)ていざよふ 月の雲



其にほひ 桃より白し 水仙花



鶯や 餅に糞する 縁のさき



鶯や 柳のうしろ 藪のまへ



猫の恋 やむとき閨の 朧月



雨の手に 桃とさくらや 草の餅



ほととぎす 啼くや五尺の 菖(あやめ)草



年々や 猿に着せたる 猿の面



春もやや けしきととのふ 月と梅



子ども等よ 昼顔咲きぬ 瓜むかん



難波津や 田螺(たにし)の蓋も 冬ごもり



むめががに のっと日の出る 山路かな



前髪も まだ若草の 匂ひかな



鶯や 竹の子籔に 老いを鳴く



たわみては 雪まつ竹の けしきかな



すずしさを 絵にうつしけり 嵯峨の竹



ひやひやと 壁をふまへて 昼寝哉



たなばたや 秋をさだむる 夜のはじめ



名月の 花かと見へて 綿畑



ぴいと啼く 尻声悲し 夜の鹿



猪の 床にも入(い)るや きりぎりす



月澄(すむ)や 狐こはがる 児(ちご)の供



かりて寝む 案山子の袖や 夜半の霜



子に飽くと 申す人には 花もなし



雀子と 声鳴きかはす 鼠の巣



初月や 向ひに家の なき所



葉にそむく 椿や花の よそ心



足あとは 雪の人也 かはかぶり



偽りの 舌に骨なし 厄はらひ



いぬとさるの 世の中よかれ 酉の年



梅の花 にほひいただく こども哉



渋柿や 一口はくらふ 猿のつら



七夕の あま中空や 逢ぬ恋



ツモレツモレ とく起きて見ん 夜の雪



飛ぶ鮎も 月の光りの あまり哉



花に来て 花野に帰る 燕かな



蛤の 口しめている 暑さかな



東山 月の出やうが ああでない



まだ明けぬ こころはいかに 窓の月



松島や 夏を衣装に 月と水



みの虫や 己ひとりが 冬構(がまへ)



砂楡(むく)の実に むくの羽音や 初暴風(あらし)



雪の竹 笛つくるべう 節あらん



竹の雪 落ちて夜なく 雀かな



菜の花に 成(なり)て恋(こふ)るや ねこの妻



花々を 百あはせてや 百合の花